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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)51号 判決 1957年12月10日

原告 株式会社クマヤ

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十九年抗告審判第一二二四号事件につき昭和三十一年十月二十日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二十七年十一月十八日に「甘道楽」の文字を縦書して成る商標につき、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品として商標登録出願をしたところ、昭和二十九年四月三十日に拒絶査定を受けたので、同年六月十八日に抗告審判請求をし、同事件は特許庁昭和二十九年抗告審判第一二二四号事件として審理された上、昭和三十一年十月二十日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、その謄本は同年十一月四日原告に送達された。

審決の理由は「甘道楽」とは「甘いものにめがない」とか「甘いものに夢中だ」とかいう事柄を容易に想起させる意味の語であつて、甘味商品について甘党愛好者に対する一種の渾名のように屡々家庭においても使用され、結局指定商品自体の品位及び品質を誇張する用語であつて、自他商品甄別の標識たり得ないから、商標法第一条第二項所定の特別顕著性がないというにある。

二、然しながら審決は次の理由によつて誤っている。

(イ)  仮に本願商標から「甘いものに目がない」「甘いものに夢中だ」というような事柄が容易に想起されるとしても、それが故に審決のいうように指定商品の品質や品位を誇張するものと言うことはできない。

而して商標制度の本来の目的は不正競業防止にあるから、市場一般取引者及び需要者に対する自他商品甄別の標識として使用され得る場合にその商標には特別顕著性があるものとすべきであつて、本願商標がこのような甄別力を具備している以上、審決のように消費者の一部なる甘党愛好者に限定して特別顕著性の有無を判定することは当を得ていない。

(ロ)  商標の特別顕著性はその構成自体のみによつて決すべきではなくして、一般取引に於て当該商標により商品の出所を認識し得るか否かにより決すべきである(大審院昭和五年(オ)第二三七七号判決参照)。然るに審決は本願商標の構成自体のみによつて特別顕著性の有無を審理判断し本願商標により一般取引において商品の出所を認識し得るか否かの点につき審理を尽していないから失当である。

(ハ)  ある商標に特別顕著性があるか否かは現在の取引の実状に於て決定するのが最も適正であり、例えば指定商品第四十三類の既登録商標なる「道楽」「道楽焼」「甘道楽」等は現在でも商品の出所を指標する機能を果しており、之等商標に特別顕著性が肯定されていることが明らかである。本願商標も又現在において自他商品の甄別を至極容易に指標する機能を有するから、本願商標は当然登録されるべきである。

(ニ)  又原告は永年の間百六十回以上に亘つて、又は少くも本件登録出願前から業界新聞その他の新聞紙に本願商標を以てその販売する菓子の宣伝広告をし、尚その営業所所在の京都市の繁華街で「アーチ」広告等により又その他大阪、九州、名古屋、北海道等全国的に一般取引者需要者に広範囲に亘り右商標を以てその販売する菓子類の宣伝をした結果同商標は一般取引者需要者に広く認識され自他商品甄別の標識たり得る特別顕著性を有するに至つたから、本願商標は登録されるべきものである。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。と述べ、尚被告の後記主張に対し、第四十三類の商品はすべて類似のものであるから、その一商品について本願商標の特別顕著性が認められるならば、同類の全商品についても本願商標に特別顕著性の要件が具わるものと解すべきである。と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因一の事実を認める。

商標が特別顕著性の要件を欠く一事例としては指定商品との関係に於て従来一般に使用されている用語、用例等(標語の類を含む)があり、このような用語、用例等は一般に何人も自由にこれを採択使用することができなければならない。本願商標もその指定商品なる甘味品に関しては甘党愛好者の一種の渾名に相当し、甘味愛好者に対しては商品自体の品位或は品質を誇張した甘党好みの商品であることを直感させる一種の標語の類に相当し、甘味商品につき何人も自由にこれを採択又は使用することができるから、その登録は許されるべきではない。以上と同趣旨の審決の判断は正当であつて、原告主張のように一般取引者及び需要者に対する自他商品の甄別力の有無の判断を欠いてはいない。

尚請求原因二の(二)の主張につき、行政訴訟は特定処分が違法であるか否かについての裁判を求めるものであるところ、本願商標が永年慣行により特別顕著性を有するに至つたとの主張は本件商標登録出願事件において審査及び抗告審判の手続を通じ全然されなかつたから審理の対象とならなかつたものであり、従つて本件訴訟に於てこの事実の存否を以て審決が違法であるか否かを判断することは許されるべきではなく、この点で右主張は排斥されるべきである。

仮に本訴に於て右判断が許されるとすれば右主張を争う。即ち本願商標が永年使用の結果取引者及び需要者の間で原告の商標として広く知られているとしても、原告が本願商標を施用している菓子は特殊のものであつて、第四十三類の甘味商品の内の一商品にすぎず、その以外の商品については右の事実は認められないから、結局本願商標は登録されるべき要件を具有しておらず、従つて審決には何等違法の点がない。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実は被告の認めるところである。

本願商標を構成する「甘道楽」の語は極端に菓子のような甘い飲食物を愛好すること又は人を意味し、日常一般に広く用いられていることは当裁判所に顕著な事実であつて、このような語を第四十三類商品「菓子及び麺麭の類」に商標として使用するときはこれを見又はその称呼を聞いた者は何人でも右商品が「前記の甘い飲食物の愛好者の好む菓子」であるという観念を抱くに至るべきことは明らかであり、従つて成立に争のない甲第一号証(本件商標登録出願書)に示された右文字の書体に別段普通と著しく異つたものの認められない本願商標は単にその指定商品の品質又は品位を表示したものと解する外なく、自他商品を甄別するに足る特別顕著性を欠いているものと解せざるを得ない。

もつとも原告は本願商標は永年又は少くも本件商標登録出願前から原告に於てその販売する菓子に使用し、且新聞紙上の広告その他の方法で宣伝した結果、全国的に一般取引者需要者間に認識された特別顕著性を有するに至つた旨主張するけれども、成立に争いのない甲第五号証の一乃至十二、第六号証の一乃至四、第七号証、第八号証の一乃至六並びに証人日下秀男の証言によれば原告が昭和二十七年中からその販売する半生菓子のあるものに本願商標を施用し、又熊の図形或は原告の商号と並べて甘道楽の文字を記した広告を屡々京都新聞等の新聞紙に掲載し、又は京都市内の繁華街で同様な図形と商号と共に「甘道楽」の文字を記した看板を掲げたことがあることを認め得るけれども、この事実によつて未だ本願商標「甘道楽」を施した商品第四十三類菓子及び麺麭の類が、一般取引者及び需要者の間に直ちに原告の商品であると認識される程度に右商標が周知のものとなつたとはし難く、他に本願商標が原告主張のように一般取引者需要者間に周知のものとなつている事実を認めるに足りる資料は存しないから、右主張は認容することができない。

然らば審決が本件商標に特別顕著性がないとしてその登録出願を排斥したのは相当であつて原告の請求は他の争点の判断を待たずして失当なることが明らかであるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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